アーティスト

 

Mariah Carey
マライア・キャリー


主なアルバム
ミミ(2005)

970年3月27日、ニューヨーク郊外ロングアイランドにてベネズエラ系の父とアイルランド系の母の間に生まれる。
両親は3歳の頃に離婚。オペラ歌手であった母の影響もあり、この頃からすでに歌手になる決心をしていたという。高校を卒業するとすぐプロを目指すために単身ニューヨーク、マンハッタンに乗り込む。ウェイトレスの仕事で何とか生活費を稼ぎ、自身のデモ・テープ作りに励んでいた時ブレンダ・K・スターと出会い彼女のバック・コーラスの仕事をもらうことに。ここから彼女のシンデレラ・ストーリーの始まり、始まり。とあるパーティー会場にブレンダと来ていたマライアは当時コロンビア・レコードの社長であったトミー・モトーラを紹介される。その時は緊張のあまり挨拶しか出来なかったが、彼女が立ち去った後ブレンダがこっそりマライアのデモ・テープをモトーラに手渡す。モトーラは会場を出た後、車の中でそのテープを聞きすぐに会場に引き返すよう運転手に指示。モトーラが会場に戻った時すでにマライアは帰宅した後だったが、何とか彼女の連絡先を調べ会社に呼び出し契約成立。1988年、マライア18歳の時でした。
1990年、デビューに先駆けNBAのオープニングで国歌を歌い会場に強烈な印象を残し、5月シングル「Vision Of Love」でデビュー。7オクターブの歌唱力を存分に生かしたこの曲はたちまちヒットチャートを駆け上がり、8月頭に全米1位を獲得。続くセカンド・シングル「Love Takes Time」も3週連続1位に。アルバム『Mariah』も1位獲得。翌年の第33回グラミ−賞では新人賞を含む2部門を受賞。セカンド・アルバム『Emotions』も大ヒット。シングルにおいてはデビューから5thシングル「Emotions」まで連続1位を記録。93年には恩人トミー・モトーラと結婚。95年、ボーイズ・2・メンとのデュエット曲「One Sweet Day」が18週連続1位という当時新記録を樹立。その後2005年までは、No.1獲得15曲はビートルズの20曲、プレスリーの18曲に続く歴代3位、90〜00年まで11年間毎年シングル1位獲得(ギネス記録)など。まさに90年代のポップ・シーンはマライアのためにあった、といっても過言ではない。
97年に自身のレーベル「CRAVE」設立。同年トミー氏と離婚。01年には10年在籍したコロンビアからヴァージンに破格の電撃移籍、そして翌年にはデフ・ジャム・レコードと契約とニュースも絶えず02年以降は目立ったヒットに恵まれなかったが、05年ネプチューンズやスヌープ・ドック、カニエ・ウェストなど多彩なアーティストが結集し傑作アルバム『The Emancipation Of Mimi』をリリース。


 






 
 
 
 





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